ゴッホの肖像画、実は弟でした - EUROPA(エウロパ)

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ゴッホの肖像画、実は弟でした

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 オランダの画家ビンセント・ファン・ゴッホの自画像と言われてきた1枚の肖像画が、実はゴッホの弟テオの肖像だったことがわかりました。

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 実は弟の肖像だったことを発見したのはアムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館。弟テオはゴッホの5歳下の弟で、経済的にゴッホを支えていたといいます。しかし、ゴッホは弟の肖像画は書いたことがないとされてきました。しかし、美術館の上級学芸員ルイ・ファン・ティルボルフさんは1887年に描かれた弟テオの肖像だと確信しているといいます。

ゴッホではなくテオだといえる訳
 他の自画像のひげはもっと赤みがかっているのに対し、この絵の男性のひげはオークル系で、耳も他の自画像よりも丸く、目の色も異なる。こうした身体的特徴や服の着方などが、現存しているテオの写真と一致するとのこと。これらを比べた結果、これはテオの肖像だという結論に至ったといいます。

 確かに写真を見てみると顔の輪郭やらが若干異なっている気がします。今回の新発見については、ティルボルフ氏ら4人の学芸員が編纂した600ページの美術館のカタログで発表されているとのことです。

フィンセント・ファン・ゴッホ - Wikipedia

フランスのパリやアルルに居を構え、印象派や浮世絵の影響を受けた作品を描いた。ポスト印象派の代表的画家である。現在でこそ高く評価をされているが、生前に売れた絵はたった1枚『赤い葡萄畑(La Vigne rouge)』だった。人に贈った絵が、鶏小屋の穴を塞ぐのに使われていたこともあった(『医師フェリックス・レイの肖像』)。1890年に銃で自殺。彼を終生援助した弟テオドルス(通称テオ)にあてた書簡はのちに出版され、文学的に高く評価されている。


ひまわり
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ゴッホにとっての向日葵は明るい南フランスの太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われている。 南仏のアルル滞在時に盛んに描いた向日葵を、精神が破綻し精神病院での療養が始まってからは描いていないこともその根拠とされる。


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