WW2特集 シュトルムティーガー - EUROPA(エウロパ)

WW2特集 シュトルムティーガー

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シュトルムティーガー (独:Sturmtiger) は、第二次世界大戦期にドイツが開発した自走砲である。戦闘で損傷を受けたティーガーI戦車の車台を改修し、元々海軍用に開発された38cm臼砲を搭載し、125kg弾頭のロケット弾を発射できるようにしたもの。



武装
主武装は380mm61式ロケット臼砲 (38cm Raketenwerfer 61 L/5.4) で、砲尾装填式である。強固に防御された建築物に対処するため、125kgの高性能炸薬を弾頭とした長さ約1.5mのロケット弾を発射し、最高で2.5m厚の鉄筋コンクリートを貫通することができた。最大射程距離は5,650m。ロケット弾の全備重量は1発345-351kg。最初に添加する推進薬による初速は45m/sで、40kgのロケット推進薬により250m/sまでブーストされた。威力は絶大で、村に集結していた米軍戦車隊の中心に一発が落下、衝撃で車輌と乗員が戦闘不能に陥った記録がある。

ロケット臼砲の設計には若干の問題があった。熱いロケット弾の発射煙を戦闘室内に排出することはできないが、ガスが排出しなければ臼砲は圧力に耐えることができない。そこで環状の換気シャフトを砲身の外側に取り付け排気管を通し、噴煙が砲口周囲の小穴から車外に出るようにした。

弾薬が大きくかさばるため、ロケット弾は14発しか搭載できなかった。うち一発は装填済みで、もう一発は装填用トレイに置いた状態、残りは後部の弾薬棚に搭載した。ロケット弾を車体に搭載するために、後部に積載ハッチを取り付け、後部構造の上部と装填トレイにクレーンが取り付けられた。それでもロケット弾の装填には、5名の乗員全員が手伝わなければならなかった。

後部の積載ハッチには 90mm NbK39 Nahverteidigungswaffe (近接防御武器)が取り付けられた。これは敵歩兵に対する防御用の武装で、鉄球をバラ撒く対人地雷であるSマインを360度全方位に発射できた。

また前部のポールマウント式銃架には、対歩兵用に7.92mm MG34機関銃が取り付けられていた。

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ムンスター戦車博物館に展示されている車輌。ロケット弾の大きさがわかる

戦歴
シュトルムティーガーの最初の役割は、重歩兵支援車輌として、要塞化・重防御構築物を攻撃することであった。しかし、最初のシュトルムティーガーが運用できるようになった時には、すでに戦局が悪化しており、ドイツ国防軍も攻撃より防御用の武器として使用した。

シュトルムティーガーを運用するために、第1000・1001・1002突撃臼砲中隊 (PzStuMrKp = Panzer Sturmmörser Kompanien) の3つの新しい中隊が編成された。これら中隊は、当初14門の車輌を配備する予定であったが、後に各4門となり、さらに2個小隊ずつに分けられた。

第1000突撃臼砲中隊は、ワルシャワ蜂起の最中、1944年8月13日に2門で編成され、プロトタイプがこれらとは別行動をとっている。これが、シュトルムティーガーの最初の実戦投入と考えられている。続いて、第1001・1002突撃臼砲中隊が9月と10月に編成された。この2個中隊はバルジの戦いに投入され、合計7門のシュトルムティーガーが運用された。

この攻勢の後、シュトルムティーガー各中隊は、西部戦線だけでなく、ドイツ本土の防御にも使用され、その過程で優れた防御用兵器であることが判明した。空爆または重砲撃でないと破壊できないためである。従って、敵の作戦行動によるシュトルムティーガーの損耗はほとんどなく、機械的故障や燃料切れを原因とする車輌の放棄に伴う、乗員自身による破壊が損耗の原因となった。

2門のシュトルムティーガーが第二次世界大戦を生き延び、1門はドイツのムンスター戦車博物館、もう1門はロシアのクビンカ戦車博物館に展示されている。


引用元:シュトルムティーガー - Wikipedia







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