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南京大虐殺、記念館で笑う中国人も

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 最近、南京大虐殺についてニュースなどで取り上げられることが多いです。これは名古屋市長の発言が元になっているんですが、一方あったとされる南京大虐殺について中国人はどのように思っているのか、中国のジャーナリスト、王錦思氏(写真)の記事を紹介します。

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南京に最初に建てられた記念館
 新中国成立後、最初に南京に建てられたのは「雨花台烈士記念館」だといいます。これは蒋介石に処刑された20万人の共産党員を祀るもので、南京大虐殺記念館が建てられるのは、その30年後。いわゆる「文化大革命」の時代に国民党に虐殺された革命烈士への追悼がブームだったと述べています。

 また当時の様子として、「中国人は広島の原爆犠牲者に祈りを捧げに行ったが、誰も南京大虐殺の犠牲者を弔おうとはしなかった」とのも述べています。紅衛兵は「南京大虐殺は『国民党を殺した』もの」だと言い、遺跡を破壊し尽くした。学術界でも、南京大虐殺の研究はタブーだったようです。

紅衛兵 - Wikipedia
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 紅衛兵(こうえいへい)は、中華人民共和国の文化大革命時期に台頭した全国的な青年学生運動。紅衛兵は、1966年から1968年にかけて実権派打倒に猛威を振るい、文化大革命期間中に出た死亡者、行方不明者(数百万人とも数千万人ともいわれる)の一部の虐殺に加担したとも言われている


 1972年、日本人の鈴木明氏が「『南京大虐殺』のまぼろし」などの文章を発表します。1982年6月、文部省が教科書の記述を改めさせる。これに刺激を受け、中国の学者たちがようやく南京大虐殺研究を正式に申し出た。1983年、南京大虐殺記念館の建設案が浮上、1985年に完成します。
 しかし、初期の研究は民族感情が入り込み過ぎていて、とても研究と呼べるものではなく「民衆に偏った歴史観を植え付けることになる」と警鐘を鳴らす学者もいたとしています。2007年、台湾の教科書から「南京大虐殺」の文字が消えているそうです。

『南京大虐殺』のまぼろし
 この著書の中で、日本軍の暴行に関する報告や記事などをまとめた『WHAT WAR MEANS』(戦争とは何か)を編集したハロルド・J・ティンパーリが中国国民党顧問の秘密宣伝員であったと結論付けた。 「百人斬り」についても書かれており、当時の大宅壮一ノンフィクション賞の選考委員全員が「百人斬り競争」(当時の大阪毎日新聞と東京日日新聞において報道)は真実でなかったことを認め、作品を絶賛した。

ハロルド・J・ティンパーリ - Wikipedia
 ティンパーリの書籍『WHAT WAR MEANS』は第三者的なジャーナリストによるものとして認識され、「客観的な資料」として扱われてきた。しかし、近年の研究によれば、ティンパーリは左翼思想の持ち主で、イギリス共産党をはじめとする当時の国際的な共産主義運動に関与し、かつ(中国)国民党中央宣伝部の顧問として就任していたことが明らかになってきている。

『曾虚白自伝(上)』
 ティンパーリーは都合のよい事に、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の『抗戦委員会』に参加していた三人の重要人物のうちの一人であった。オーストラリア人である。



中国人の参観者が笑っている
 1985年~1997年、南京大虐殺記念館の参観者は延べ580万人、日本人は延べ18万人に上ったそうです。つまり中国人がいう「日本人が南京大虐殺を全く知らない」という言い方は誤りであると指摘しています。2002年、筆者が記念館に向かう途中に乗ったタクシーで、地元の運転手は「あの時30万人殺してもらってよかった。そうでなければ、今の南京はもっと人が多かった」と言っていたと述べています。

 日本の旧軍人や中高生が記念館でひざまずいて大泣きする姿をしばしば見かけるが、中国人がそうしているのをあまり見たことがない。泣けないのであれば、せめて笑うべきではないと思うのだが、中国人の参観者が笑っているのを見たのは1度だけではない

広島と南京の追悼式典
 2001年12月13日、筆者は南京の追悼式典に出席したといいます。この時の感想は「他の参列者はまるで縁日にでも来ているかのようにガヤガヤとうるさく、悲しみなど微塵も感じなかった。そこにいる全員が涙を流す必要もないが、せめて静粛にできなかったのか。筆者はその後、2度と記念館には行っていない。行くなら雨花台と決めている。 」と述べています。

 また把握している死者数についても「広島には“被爆者白書”があり、犠牲者の数も25万3008人と正確な数字が出ているが、南京大虐殺で名前が分かっている犠牲者は3000人ほどしかいない。」とし、広島は1946年から毎年8月6日に追悼式典を行っているが、南京で追悼式典が始まったのは1985年のことだそうです。「広島には毎年首相が出席しているが、南京では市長さえも毎年来るか来ないかといった感じだ。」と語っています。

参照元:レコードチャイナ


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