戦艦大和引き揚げ準備 委員会発足 - EUROPA(エウロパ)

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戦艦大和引き揚げ準備 委員会発足

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1945年4月7日、米軍機動部隊の延べ380機以上の航空機による猛攻撃を受け、坊ノ岬沖で撃沈された戦艦大和。これを引き揚げようと委員会を立ち上げる予定です。

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引用:大和引き揚げで準備委発足=数年内の実現目指す-広島・呉(時事通信) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090122-00000132-jij-soci


 戦艦大和が建造された広島県呉市で22日、地元商工会議所などが中心となり「戦艦大和引き揚げ準備委員会」の初会合が開催された。数年以内の引き揚げを目指したいとしている。
 会合には、委員長を務める奥原征一郎呉商工会議所会頭ら5人が顔をそろえた。正式な実行委員会は、大和沈没の日に合わせて4月7日に組織する予定。奥原会頭は「(実行委メンバーは)全国的にも著名な方にお願いしたい」と話している。
 課題は資金の確保で、準備委は可能なら船体全体の引き揚げを目指すとしているが、その場合、数百億円が必要。現実的な数字として数十億円を想定し、個人を中心に全国から募金を集める考えだ。 


全体を引き揚げる計画で数百億円、部分的で数十億円必要みたいです。お金は募金で集めるとこのとで、数十億円であれば比較的簡単に集まるのではないかと思います。

さて、ここで問題なのはお金ではなく「引き揚げるか、それとも引き揚げないか」です。
私が思うに、「引き揚げるか否か、引き揚げるなら一部か全部か、引き揚げた後(遺品等を回収した後)はどうするのか」はご遺族の意見で決めるべきです。ご遺族が決めたことであれば誰も文句は言わないでしょう。

現在の大和の状態
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写真:Ryofuのゲーム日記: 8月7日 呉 大和ミュージアム

大和沈没位置
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画像:水上特攻・戦艦大和出撃す

引用:大和 (戦艦) - Wikipedia

現在の大和は、北緯30度43分、東経128度04分、長崎県男女群島女島南方176キロ、水深345mの地点に沈没している。艦体は1番副砲跡を境に前後2つに分かれ、艦首は北西(方位310度)に、艦尾部は東(方位90度)方向を向いている。
右舷を下にした艦首部より1番副砲(0~110番フレーム付近)までの原型をとどめた部分、転覆した状態の3番主砲塔基部付近より艦尾までの原型をとどめた後部(175~246番フレーム付近)が約170メートルの間に、原型をとどめぬ艦中央部は一つの起伏となり艦尾艦首の70メートル南に転覆した状態で、根元から折れた艦橋は艦首の下敷きとなり、各々半分泥に埋まった状態で沈んでいる。3基の主砲塔と2基の副砲塔はすべて転覆時に脱落しており、砲塔の天井を下にして海底に塔のように構造物が直立している。
主砲砲身自体は泥に埋もれており観察できていない。また2番主砲塔のみ酷く破損しており、沈没時に2番砲塔の弾薬庫が爆発したことを示す証拠といわれている。1番と3番主砲塔には著しい損壊は認められていない。副砲塔は砲身が視認されており、損傷もない。(NHK特集『海底の大和、巨大戦艦四十年目の鎮魂』にて放送)。

4本のスクリューのうち、3本は船体に無傷で付いているが、1本は脱落して、海底に突き刺さっている。沈没時の爆発でスクリュー軸が折れて、脱落したものと思われる。舵には損傷はない。艦首部分には左右に貫通している魚雷命中穴があり、その他にも多数の破孔があるようだが、詳細な位置は一般には公開されていない。

20世紀末[要出典]になって、「大和型戦艦」と思われる2隻の戦艦が動く映像が発見された。かなりの距離から撮影された物で、どちらが大和で、どちらが武蔵かは不明である。きわめて不鮮明な映像のため資料的価値は少なく注目されてはいない。








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